きみはだれかのどうでもいい人(伊藤朱里著)を読んだ感想・あらすじ

書評

太宰治賞の受賞歴がある伊藤朱里さんの小説、「きみはだれかのどうでもいい人」を読んだ感想・あらすじを紹介します。



本の属性

 
「きみはだれかのどうでもいい人」(小学館2019/9)

購入動機

  
 太宰治賞を受賞した「名前も呼べない」で有名となった伊藤朱里さん。

どこか影があり、人間模様を独特の表現で展開させていく作家さんです。

そんな彼女がお仕事小説を書くということで興味が沸きました!

あらすじ

 県税事務所に勤務するタイプの違う5人の女性をそれぞれの視点で描いた小説です。
 
首席で本庁に配属後、花形部署で1年半働くが、同期の穴を埋めるべく県税事務所に飛ばされた中沢環。

仕事はできず、人とのコミュニケーションも苦手。

毎日何かに怯えるようにアルバイトとしてなんとか働く須藤深雪。

どこにでもいる悪口大好きおばさん、田邊陽子。

仕事でメンタルを病み、休業ののち総務課に異動となった染川祐未。

独身アラフィフ、仕事はできるが職場では嫌われ完全に浮いている堀主任。
彼女たちが働く中で抱く感情の行き場を描いています。



感想

 読み終えて気づいたのですが、単なるお仕事小説ではなく、県税事務所が舞台となっている点がとても意味があるなと感じます。

誰もが納税の義務があるにもかかわらず、「お客様」はそれぞれの都合を主張して「つけいる隙のある」公務員へ怒りの矢を向ける。

それこそがこの物語の本質なのだと思います。

5人それぞれの物語であるように見えて、この物語の核となるのは須藤深雪です。

他の4人がどのように須藤深雪と絡んでいくのか、彼女を媒体としてどのようにそれぞれの溜まった

怒りを爆発させるのか、それが核です。

不思議ですが、タイプの違う女性なのに登場人物5人の気持ちが手に取るようにわかりました。

共感とは違うけれど、リアルなのです。

まず、ギスギスと冷たい職場の雰囲気、読んでいて痛いほど伝わってきます。

皆大人ですから、あからさまないじめはないものの、どこか陰湿な、今日にでも誰かが悲鳴を上げそうな空気感、日本のいたるところに存在しているのではないでしょうか。

それぞれの背景に潜む心の中のモヤモヤを誰かに(須藤美幸に)ぶつけずにはいられない。

そう、「つけいる隙」のある彼女たち公務員に怒りの矢を向ける「お客様」のように。

彼女たちの気持ちがわかる私は、彼女たちと同じように陰湿な、いじわるな部分が大いにあるからだろうと改めて思い知らされることとなり、ある意味、後味が悪かったです。

都合の悪いことが起きると何かのせいにして自分の重荷を減らそうと生きてきたところがあります。

読んでいて辛い。

働くことはとてもしんどい。

毎日の忙しさに疲弊し、他人と折り合いをつけることにも心が疲れきっています。

しかしそれは皆同じ。一つの職場に仕事ができない人やコミュニケーションが苦手な人がいるのは当たり前。

違う人から見れば私も欠点だらけなのかもしれません。

そんな当たり前なことに気づかず余裕を失った私たちは、この感情を誰かに向けてしまうものです。

私も今までどれだけの人を傷つけて生きてきたのでしょうか。

仕事が出来ても出来なくても、どれだけ要領が悪くても、陰口をたたかれても「きみはだれかのどうでもいい人」と思うことが出来たならもっと楽に生きられるはずです。

この小説は、職場で傷ついた・誰かを傷つけてしまったという人に読んでほしいな、と思います。(それってほとんどの人が該当するのでしょうか。)
自分と向き合うようで辛いのですが、明日から周りの人との関わり方が変わるかもしれません。

総合評価

90点
伊藤朱里さんの巧みな文章が、その場の雰囲気、登場人物の心理描写をとてもリアルな印象にしてくれるので90点とさせていただきます。

登場人物たちをもっと知りたくなって、もう一回読んでみようと思います。




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