「ある男」(平野啓一郎著)を読んだ感想やあらすじ

書評

これから「ある男」を読んで感じたこと、考えさせられたことを書いていきます

本の属性情報

平野啓一郎著、文藝春秋 2018年9月28日刊行

購入動機

「愛したはずの夫は全くの別人であった」というあらすじに、別人とは何が別でどう違ったのか知りたいという好奇心をくすぐられて購入した。



あらすじ

弁護士の城戸は、里枝いう女性から死亡した夫のことを調査して欲しいと依頼を受けます。
 
その夫だった男”X”は亡くなった後に、里枝が知る夫とは全くの別人であったことが判明します。

なぜXは他人と戸籍を交換し、別人として人生を生きることになったのか、城戸はXの出自を調査します。

その途中Xを知る小見浦という男が戸籍売買の仲介人として関わり、Xには二度の戸籍売買があったと知ることになりました。

愛する夫の思わぬ過去を知ることとなった里枝ですが、夫の過去を含めて里枝が夫を愛する気持ちは変わることがありませんでした。

弁護士の城戸もまた、Xの調査の中で自分の過去について振り返ることとなるのですが、それによって一層自分の人生の幸福を知ることになります。
過去によって変わるもの、変わらないものについて人は何を思い、どう向き合っていくのかを登場人物とともに考えていく物語です。



感想

物語のはじまりは城戸という男がどんな人物であるかについて語られるところから始まります。
 主人公である城戸の人生をメインに物語が展開されていくのかと思いましたが、そうではありませんでした。
 
この物語は弁護士の城戸という男が、本のタイトル通り「ある男」の数奇な人生を通して、城戸が国や社会が抱える課題と、
己の人生について向き合っていくものであると感じます。
 
「ある男」の出自の不幸、死刑という制度、在日韓国人のアイデンティティ、無戸籍問題とさまざまなテーマが浮き彫りになってくるため、
ただ単に物語の登場人物に感情移入して読み進めるというより、一つ一つの社会的な問題について考えさせられながら読み進めました。

特に衝撃を受けたのは日本の死刑制度に対して「立法と行政の失敗を、司法が逸脱者の存在自体をなかったことにすることで帳消しにする、
というのは欺瞞以外の何物でもない」という城戸の考えです。

今まで私は、法を逸脱して犯罪を犯した者が重い罪を償うために死刑となる日本の制度に大きな疑問を抱いたことがありませんでした。

しかし、城戸は死刑囚に罪を犯させるに至った要因は必ず存在し、その不幸な人生に対して国が積極的に解決してこなかった自体を無かったことにする死刑という制度は、
ことによると国民を騙すことになりかねないと考えています。

それは単純な国や社会への責任転嫁ではなく、国が犯罪が起きた要因を探り、具体的な支援を行うことの重要性を説いているのです。

私はこれを読んで、死刑は執行されて当たり前という考えは自分で導き出したものではなく、周囲の意見やメディアに踊らされていただけで、
死刑は犯罪の減少に直接結びついているのかまでを深く考えたことはなかったと気付かされました。

次に印象深かったことは無戸籍問題にスポットが当てられたストーリーです。

「ある男」と戸籍の交換を行った曽根崎という男が「ただ忘れようとしても、忘れられないですよ、嫌な過去がある人は。

だから、他人の過去で上書きするんですよ。

消せないなら、わからなくなるまで、上から書くんです」と語っています。

私は過去の嫌な出来事はやり直せない、時間が解決するか諦めるしかないのだと考えて生きてきました。

でも本当に後ろ暗い過去を持つ人間が今を生きていくためには、過去の自分を消し去るという悲しい手段を選ばざるを得ないのかと、
またそんなことが出来るものなのかと衝撃を受けました。

この小説を読み、まったく凡庸だと思っていた自分の人生は凡庸ではなく恵まれていた方なのかもしれないと考えさせられました。

日々テレビや新聞で目にするニュースに対し、多数の意見に流されず、自分は正しいと思うか過ってると思うか、
それは何故かまで考えていこうと思うきっかけとなりました。

小説としては少々重たいテーマと内容ですが、多くの気づきを与えてくれたこの本に出会えて本当に良かったと感じています。

総合点

 
90点/100点



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