年収は「住むところ」で決まる:雇用とイノベーションの都市経済学(エンリコ・モレッティ)を読んだ感想と主な内容

書評

仕事がほしい。収入がほしい。友達がほしい。恋人がほしい……。

私たちの欲望は尽きることがありませんが、実は住む場所によって、その成功の可否は大きく異なります。

つまり、人生がうまくいかなくて悩んでいる人は、引っ越しが最高のソリューションのひとつになるのです。



本の属性情報(著者・出版社・出版日)

著者:エンリコ・モレッティ
訳者:池村千秋
出版社:プレジデント社
出版日:2014年4月30日

購入動機

二十代で一人暮らしをして以来、私はどこに住めば仕事ができるか、収入が増えるか、才能が開花するかについて、ずっと考え続けてきました。
本書はこの問題に対する答えを導き出すヒントになるかもしれません。

概要

アメリカでは1970年代以降、自動車などの伝統的な製造業が衰退して、その代わりに、コンピューター、ソフトウェア、インターネットなどの情報産業、
いわゆるIT産業が勃興してきました。

これらの天然資源に頼るよりも、人間の知識を集約して技術革新をおこなう企業群を**イノベーション産業**と呼びます。

近年、インターネットの発達により、産業のグローバル化が進行していると言われていますが、著者 エンリコ・モレッティは、
都市経済学と労働経済学の知見から、企業活動、特にイノベーション産業のそれは、グローバル化と同時にローカル化が進行していると看破します。

つまり、アメリカの企業と資本、そして人材は一部の都市に集中しているのです。

カリフォルニア州のシリコンバレーが代表的な事例です。

現代のアメリカは二つの世界に分断されています。

富める都市と貧しい都市、高学歴・高技能労働者と低学歴・低技能労働者です。

高学歴・高技能労働者はイノベーション産業に就く傾向にあります。

この産業は他国と貿易可能でグローバルに展開しますが、熾烈な競争に曝されます。

しかし、技術革新により急激な生産性の向上を可能にするので、個人、都市、国家、世界の経済成長を牽引します。

一方、低学歴・低技能労働者は都市のサービス産業に就く傾向にあります。

飲食店のコック、バーテンダー、スポーツジムのインストラクター、ヘアサロンの美容師、病院の看護師などです。

これらの産業はローカルに限定しているので、他国との競争を免れていますが、裏返せば貿易することもできません。

結局、サービス産業の成長と雇用は、その都市のイノベーション産業の成長と雇用に依存しているのです。

イノベーション産業の誘致と成功は、その企業が拠点を置く都市の次の三つの条件に依存します。




+ 厚みのある労働市場
+ 多数の専門業者
+ 知識の伝播

**厚みのある労働市場**とは、その都市の人口における高技能労働者の割合のことです。

労働市場の規模は、掃除人、大工、ウェイトレスなどの低技能労働者よりも、エンジニア、科学者、デザイナー、医師などの、専門職、高技能労働者に恩恵をもたらします。

都市に住み働く、これらの専門職の数が多ければ多いほど、彼らは自身の専門に徹しやすくなり、その分、イノベーションが起こりやすくなります。

のちに詳しく説明しますが、技術に関する知識は伝播するので、同業者にもよい影響を及ぼします。

一方、肉体労働に従事する低技能労働者は、どこの都市でもだいたい同じような仕事をしています。

**多数の専門業者**とは、イノベーション産業の需要に応じる業者のことですが、その代表格は都市銀行、証券会社などの金融機関、特にベンチャー・キャピタルです。

金融機関が機動的で魅力的な商品を開発、提案することによって、イノベーション産業はその黎明期でも資金調達がしやすくなり、自身の技術革新に注力することができます。

先見性のある優れた金融機関は、イノベーション産業を誘致し、育成するのです。

**知識の伝播**とは、都市に住む人々の間で、イノベーションに関する知識が伝播することです。

創造性ゆたかな人同士が交じり合うと、互いに学び合う機会が生まれてイノベーションが活性化し、生産性が向上します。

聡明な人に囲まれている人は、みずからもいっそう聡明で創造的になるのです。

人々のいない真空地帯ではアイデアは生まれません。

また、人々の距離が近ければ近いほど知識は容易に伝播します(逆を言えば、人々が離れ離れになると知識は死滅します)。

イノベーションに従事する個人と企業は、新しい楽しいアイデアを求めて、都市に集合するのです。

近年、パソコン、スマートフォン、インターネットの普及により、個人と企業の創造のプロセスにおいて、
物理的に近い場所にいることの意味が小さくなったと言われるようになりましたが、実際は反対の現象が起こっています。

世界の携帯電話、ウェブ上のトラフィック、投資資金の流れの大多数は、比較的狭いエリア内でおこなわれています。

SNS、テレビ電話などが普及しても、才能ある人たちが直接触れ合うことによってイノベーションが起きるという傾向は変わっていません。

人と人がじかに顔を合わせることの重要性は、むしろ強まってきています。

経済学者の言う「地域単位の規模の経済」が活発に展開されているのです。

私たちがその主役を務めるためには、教育に投資し、学び続けること、また、就職、転職、起業、結婚など、人生を好転させるチャンスを掴むために、
住み慣れた土地を離れ、新天地で暮らしていく勇気が必要なのです。



感想

いい家に住みたい。いい仕事に就きたい。

いい友達と知り合いたい。

いい恋人と付き合いたい。――畢竟、いい人生を送りたい。

人ならば、誰でも思い描く願望ですが、老人よりも、まだ何者でもない、社会的地位を獲得していない若者に多く見受けられます。

『年収は「住むところ」で決まる』は、経済学(都市経済学、労働経済学)の立場から、この軽薄で深刻な問題に対する回答を得るためのヒントを与えてくれます。

本書は未来のイノベーション企業の担い手である、ハングリー精神あふれる若者に捧げられているのです。

著者のエンリコ・モレッティは今を生きる若者に対して、ほぼ間違いなく、サービス業ではなくイノベーション産業に就職することを勧めるでしょう。

努力と才能、そして、偶然かつ必然の出会いによって、飛躍的な経済成長(生産性の向上)が期待できるからです。

当然、モレッティはイノベーション産業を称揚する一方、サービス産業を見下しているのではないかという批判が出るかもしれません。

しかし、彼の主張は、経済学における投資財と消費財に関する基本的な知見に基づいているのです。

あらゆる意味で貧困から脱するためには、私たちは投資財を生産し、所有しなければならないのです。

昨今、コロナ禍でソーシャル・ディスタンスが喧しく言われるようになりました。

また、高速インターネットの普及によって、ビデオ会議とテレワークが推奨され、一部の職業では職場に行かなくても業務が遂行できるようになったと言われています。

むしろ、生産性が向上したという報告があるほどです。

しかし、どれほどインターネットが高速になり、ビデオ通話の品質が向上しても、それでは満ち足りないものがあります。

モレッティは言います。

「いまだに私たちが思いつく最良のアイデアの多くは、日常的な場面での直接の社交関係により予想外の刺激を受けることで生まれている。

私たちの重要な人的交流の大半は、相手と実際に顔を合わせる形で実現している」「新しいアイデアは、議題のない自由な会話から、思いがけずミステリアスに生まれてくる」
未来の革新的な技術を作る行程には、実は昔からの私たちが見慣れた光景が拡がっているのです。

総合点 100




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