ソ連書記長と大統領の違いとは?どっちが偉い?その選出方法は?わかりやすく説明します

政治用語の違い

20世紀の大国ソ連には、他の国では一般的に国のトップである大統領と同格の
「書記長」とよばれる役職がありました。

なんで書記長が国のトップ?と名前だけだとピンとこない方も多いかもしれませんが、
実はとても大きな力を持っていました。

今回はそんな知られていないことも多いソ連の書記長について
大統領との違いも含めて解説していきます。



ソ連書記長とは?なぜ書記長がソ連のトップだったのか?

1991年のソ連崩壊までソ連のトップ,最高指導者はソビエト共産党書記長でした。

ソ連のような共産主義国家では、”共産党が国家を指導する”という体制のため、
ソビエト共産党書記長は、首相といった国・行政府のトップより格上の存在だったからです。

ソ連の書記長は、書記局というソビエト共産党の一組織のトップを指します。

ソ連の国家運営全般を主導していたソビエト共産党最高指導部の中央委員会には
「政治局」・「書記局」・「組織局」という三つの局があり、書記局は、そのうちの1つにあたります。

中央委員会というのは大企業の取締役会に相当する組織で、共産党の意思決定はすべてここで
行われることになっていました。

書記局はどのような仕事をしていたのかというと、
元々は中央委員会や政治局の補佐を行う部署でした。

ここまで聞くと、書記局はそんなに偉くないのではないか?
と思われるかもしれませんが、書記局が力を持つようになるきっかけを作る人物が登場します。

それこそまさに、悪名高いソ連の独裁者ソ連「スターリン」です。
 
ソ連樹立・ロシア革命の立役者であるレーニンの死後、
後継者となったスターリンが書記長になると、
書記局が人事権を握るようになりました。

以降、書記局や書記長のいうことに従わない人物はやめさせられるという状況ができ、
それによって書記局および書記長が大きな力を持つようになり、
ソビエト共産党でもっとも権力を維持するトップに位置づけられるようになったのです。

従って、スターリンが書記長となった1922年4月3日以降、
ソビエト共産党書記長がソビエト連邦の国家元首、
他の国ならば大統領に匹敵する存在になりました。

最後のソビエト共産党書記長は、ミハイル・ゴルバチョフでした。

ミハイル・ゴルバチョフは、当時のレーガンアメリカ大統領やブッシュ大統領と軍縮交渉を行い、
東西冷戦を終結に導きました。

また、ソ連の国家体制・政治体制の欠陥を熟知していたミハイル・ゴルバチョフは、
ソ連邦を崩壊に至らせ、書記長をトップとするソ連共産党そのものも廃止した
最後の書記長として世界に広く知られています。



ソ連書記長の役割・選ばれ方

それでは、ソ連の書記長はどのように選ばれていたのかというと、
これは単純に書記局のトップに立てればなれるというものではありませんでした。

書記長になるためには、ソビエト共産党の政治局と書記局の両方に
属していなければいけませんでした。

ちなみにソビエト共産党の政治局は、現代のビジネス用語でいえば
大企業の常務会のような存在で、人数も5名前後と少数でした。

ですので政治局と書記局の両方に属する人物はそもそも1,2名しかいなかったため、
書記長にふさわしいとされる人物というより、
該当者がそのまま書記長となっていたのが実情でした。

ソ連邦では、基本的に西欧諸国のような国民の直接選挙によって最高指導者である
書記長が選ばれるという仕組みはありませんでした。

つまりソ連書記長は、ソ連共産党内部の権力闘争だけで選ばれていました。

過去のソ連の書記長は以下の通りです。
6代目のスターリンからソ連書記長がソ連の最高指導者となりました。

ソ連の歴代書記長一覧

  ・エレーナ・スタソヴァ 1917年4月~1918年
  ・ヤーコフ・スヴェルドロフ 1918年~1919年3月16日
  ・エレーナ・スタソヴァ 1919年3月~1919年12月
  ・ニコライ・クレスチンスキー 1919年12月~1921年3月
  ・ヴャチェスラフ・モロトフ 1921年3月16日~1922年4月3日
  
  ★ヨシフ・スターリン 1922年4月3日~1952年10月16日
  ・ニキータ・フルシチョフ 1953年9月7日~1964年10月14日
  ・レオニード・ブレジネフ 1964年10月14日~1982年11月10日
  ・ユーリ・アンドロポフ 1982年11月12日~1984年2月9日
  ・コンスタンティン・チェルネンコ 1984年2月13日~1985年3月10日
  ・ミハイル・ゴルバチョフ 1985年3月11日~1991年8月24日
  ・ウラジーミル・イワシコ 1991年8月24日~1991年8月29日

ちなみに日本共産党も1980年代ごろまでは書記局長という役職が党のトップとされていました。
現在は委員長がトップとなっています。



ソ連書記長がソ連のトップだった理由とは?

そもそもソ連では、”共産党が国家を指導する”と憲法で規定されていたため、
ソ連共産党のトップである書記長がソ連の国家元首に相当する存在でした。

ソ連書記長がソ連の国家元首になれた理由は、先ほど少し述べたように
スターリンが書記局に人事権を持たせたからです。

つまり、書記局の意向に逆らう人はソ連の重要ポストについたり、
役人として働くことができなくなるということを意味しています。

日本でも首相や社長の権力の源泉は人事権を持っていることにある
とされています。

どんな組織でも人事権を保持した人物が一番力を持つことになるのです。

書記局が人事権を握ったことで、書記局のトップである書記長が
ソ連の実質的トップに君臨することになりました。

書記長と大統領の違いとは?

書記長と大統領の大きな違いは、選ばれ方にあります。

大統領は、アメリカなどでもそうですが、基本的に選挙で選ばれます。

つまり大統領は国民が選んだ国のトップというわけです。

しかし書記長は共産党内部の力関係だけで選ばれ、
その選出に国民の意思選択は全く反映されていませんでした。

つまり、大統領は国民が選ぶが、
書記長は国民が選ぶわけではないという重要な違いがこの二つの役職にはあるのです。

ソ連書記長とアメリカ大統領は同格?その理由について

ソ連書記長とアメリカ大統領は同格なのか?というと、スターリンの時代からは同格でした。

書記長が実質的にソ連のトップであり、アメリカの大統領もアメリカのトップであるということを考えると、
どちらも国家のトップということになるので、ソ連書記長とアメリカ大統領は同格と看做されていました。

中国の総書記は書記長と同じ?アメリカ大統領との関係について

総書記とは書記長を中国語で表現したものです。
ですので総書記=書記長ということになります。

ですので総書記=書記長ということになります。

中国の総書記は、他の国の大統領と同じように国のトップであるといえます。

ただ、中国は一時期国家主席というポストがあったことがあり、中国の建国の父である
毛沢東が国家主席だったことがあります。

この時は、国家元首は総書記ではなく国家主席でした。

まとめ

①ソ連書記長とは?なぜ書記長がソ連のトップだったのか?
ソ連のような共産主義国家では、”共産党が国家を指導する”という体制のため、
ソビエト共産党のトップである書記長が、首相といった国・行政府のトップより格上の存在だったからです。

②ソ連書記長の役割・選ばれ方
ソ連書記長の役割としては、ソ連共産党内部の幹部の人事、最高指導者として重要な政策決定、国のトップ
としての外交と多岐にわたっていました。

ソ連書記長は、共産党内部組織である書記局と政治局を兼任している少数幹部から選出されていました。

③書記長と大統領の違いとは?
書記長も大統領も国家元首ということは同じでしたが、その選出方法が全く異なっていました。
大統領は直接選挙によって国民から選ばれるのに対し、書記長は共産党内部の力関係だけで
選ばれていました。
従って、書記長と大統領の違いはその選出方法にあります。

いかがだったでしょうか?今回はソ連の書記長について解説していきました。

やはりスターリンの力は大きかったのだなと再認識する部分もありましたね。

現在となっては書記局は聞きなれない言葉になっているかと思いますが、

今回の話を通して頭の片隅にでも入れておいていただけるとありがたいです。
 最後まで読んでいただきありがとうございました。




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